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担当編集者が語る、ビッグな名作が生まれる現場!
『Sエス-最後の警官-』担当編集者 垣原 英一郎 氏インタビュー

2016/07/01
ビッグな名作が生まれる現場! 第4回『Sエス-最後の警官-』

※当時の内容をそのまま掲載してます。

●小森陽一先生の取材力が本当にすごいんです

――本日は、eBigComic4 に掲載中の『Sエス-最後の警官-』(原作:小森陽一/作画:藤堂裕、以下『S』)について、「ビッグコミック」連載中の裏話など、担当編集者の垣原英一郎さんにお聞きしたいと思います。よろしくお願いいたします。

垣原 よろしくお願いいたします。

――原作の小森陽一先生とはどういうご縁で?

垣原 僕が最初にお仕事をさせていただいたのは、武村勇治先生作画の『我が名は海師』という、海の事故処理を行う《サルベージ屋》を描いた作品なのですが、この企画、もともとは僕の先輩の編集者が小森先生と企画していたものなんです。ところが、その先輩が異動することになり、「お前が引き継いでくれないか」といわれまして。ご一緒に仕事してみたかったので「ぜひお願いします!」と答えました。それが最初ですね。

――作画の藤堂裕先生とは、どのような経緯で?

垣原 小森先生の原作が先にあり、作画の候補を探していたのですが、当時、藤堂先生は出身地の淡路島を舞台にした『由良COLORS』という青春物を「ヤングキング」さんで連載されており、それを読んでスゴクいい絵を描かれる方だなと。調べてみると藤堂先生は小学館の新人賞出身だとわかり、連絡させていただき、『S』の原作を読んでもらいまして、「ぜひ描いていただけないですか」とお願いしたところ、快諾していただきました。

――小森陽一先生は『海猿』(作:佐藤秀峰)の原案・取材もされていたりして、ハードな作品を書かれるイメージですが、実際はどんな方なのですか?

垣原 ご本人は非常に温厚で柔軟な方です。博多在住の九州男児なので、男気がある人でもありますね。
それから《取材力》がすごくある方です。僕もよく取材に同行させていただきましたが、取材対象の方から《核》となるものを聞き出す能力がとても優れていて、現場の方が「小森先生になら仕方がない、言っちゃおうかな」みたいなことがすごく多いんですよ。僕らの言うところの「おいしい話」がドンドン聞き出せる。そういう人間的な魅力がある方ですね。

――警察や海上保安庁の取材というのは、気軽に応じていただけるものなんですか?

垣原 いえ、全く「気軽には」応じていただけないんです(笑)。それはもう、小森先生の独自の取材ルートですね。
やはり、小森先生は海上保安官を描いた『海猿』の原案や、『トッキュー!!』の原作、警察犬を描いた『マッシュGO!!』(作画・米林昇輝)の原作なども手掛けられていて、取材したことを必ず作品として形にされる方ですし、取材のルールなども絶対に守られる一本筋が通った方ですので、取材元の信頼は本当に厚いんですね。

Sエス-最後の警官-

――“SAT”も取材されたのですか?

垣原 いえ、“SAT”は取材できないんですが、“SIT”や《銃器対策部隊》などを、取材させていただきましたし、最終的には政府専用機まで見せていただいて。

――事件が起こった時に、どの組織がどのように動く、というのも、小森先生の豊富な知識からはじき出されるんですね。

垣原 現役の警察官の方に「こういう場合だと、どうされますか」と、その都度、取材して、「こういう選択肢が考えられる」とか「こういう形で動くと理にかなっているんじゃないか」といったご意見をいただいて、作品作りに反映させていただきました。もちろん、作品内では、全てが全て、実際の通りにできるわけではないですが。

――綿密な取材があるからこそ、『S』は骨太な作品になっているんですね。

垣原 そうですね。取材で伺ったエピソードや、実際に起こっている事件などを物語に取り込んで、極力嘘臭くならないようリアリティにこだわって創りましたが、簡単に答えが出る問題ばかりではないので、描ききれなかったと思うこともありますね。


●ボクサーで特殊部隊の警察官! 神御蔵一號の誕生秘話!

Sエス-最後の警官-

――主人公の神御蔵一號(かみくら・いちご)は特殊部隊所属の警察官で、元ボクサーという異例の経歴の持ち主ですが、このアイディアはどこから生まれました?

垣原 当初、原作の小森陽一先生は「警察の特殊部隊の隊員を主役にした漫画をやりたい」という企画をお持ちでした。一方、僕は僕で「ボクサー警官」という企画を考えていました。ニュースで「警視庁が元ボクサーを警察官として採用する」というのを見まして、これは漫画にしたら面白いだろうなと思っていたんです。
小森先生と打ち合わせをしていた時、「じゃあ、くっつけてしてしまおう」ということになりまして、元ボクサーで警察の特殊部隊の隊員である、という神御蔵一號のキャラクターが誕生しました。

――ゲンコツでテロリストに立ち向かうというのは、なんとも痛快なキャラクターですね。

垣原 神御蔵は元ボクサーですから、「鉄拳制裁」にこだわる一方で、「銃が苦手」というキャラクターになりました。ただ、特殊部隊である“SAT”の中にそういう人間がいるというのは現実的ではないので、「じゃあ、新たに架空の部隊を創って、“SAT”と対立する構図で物語にしてみたらどうだろう?」ということになり、人を決して殺さず確保する特殊部隊 “NPS” (警察庁特殊急襲捜査班)という設定が生まれました。

――「犯人を殺さずに《確保》する」という“NPS”の信条と、「犯人を場合によっては射殺してでも《制圧》する」という“SAT”の信条、この二つの組織の考え方の違いが物語のテーマになっていますね。

Sエス-最後の警官-

垣原 そうですね。すごく難しいテーマだと思います。
“SAT”としては、日本社会の平和を守るために、やむを得ず犯人を射殺しなければならない時があり、一方の“NPS”はたとえ凶悪犯であろうとも、決して命を奪わず生きたまま確保するという信条を持っていて、決して、どちらかの信条が正しいと言いたいわけではないんです。日本にも“SAT”や“SIT”のような特殊部隊があり、日夜、有事に備えているんだということを、もっと多くの人に知ってほしい、という意図もありました。

――神御蔵が持つ「殺さない信条」も、別に人道的な理由など「きれい事」ではなく、「怒りや恨みをぶつける存在がいないと、被害者が救われない」という、犯罪被害者である神御蔵自身の経験からくるものですが、そのあたりの描写はとてもリアリティがありますね。

垣原 そのあたりは、被害者のご遺族の方を取材させていただいたりもしました。例えば、家族を殺した犯人を憎み、裁判で極刑にすることだけに懸命になっていた方が、その犯人が死刑になって、この世からいなくなってしまった時、今後、何をして生きていけばいいのかわからなくなってしまった、といったお話をお聞きしまして、「生きるための原動力の一つになる」という意味では、どんな形でも犯人を捕まえて、遺族の人に対して、ちゃんと罪を償わさせなければいけないんだな、と思ったりもしましたね。

――もう一人の主人公というべき蘇我は、姉を殺した犯人が死刑にならなかったという経験から、「凶悪犯は射殺すべき」という考えをもつに至りますが、この神御蔵と蘇我の二人の対比が、そのまま“SAT“と”NPS”という組織の性格を表し、作品のテーマに通じますね。

Sエス-最後の警官-

垣原 上手く行ったかどうかはわかりませんが、そういう形で創っていきました。もちろん、蘇我の考えがよくわかるという方もたくさんいると思いますが、そうでない考え方、気持ちがあるんだということを、犯罪被害者のご遺族の方にお聞きして知ることができました。我々も迷いながらやっていたので、そういう精神性の部分を知ることで、主人公の信条の後ろ盾になりましたね。

――神御蔵の「犯人でも命を救う」という考えに対して、反論はありましたか?

垣原 もちろん、賛否ともにありましたが、反論や反感も想定した上で、この作品が考えるきっかけになればいいのではと思っていました。
作品を続けていく過程で、「神御蔵の考えが分かってきました」というようなお声もいただくようになりました。別にそれはどっちが正しいということではないのですが、そういうふうに読者の方が考えてくださったり、何らかの影響を与えられたというのは、すごく嬉しいというか、この作品をやった甲斐があったな、と思います。


●テロの時代の到来を予見する『S』

――この作品は、テロが頻発する現代を予見しているような気がしますね。

垣原 作品を読んだ実際の警察官の方や、海上保安庁の方からも「こういうことが現実に起こらないでほしい」と言われたり、「小森先生が書くと本当に起こるからなあ」みたいなことを冗談で言われたりもしましたね。
「もし実際にこういう事件が起こったら、自分たちはどうするか、ということを考えている」とおっしゃってくださる関係者の方もいらっしゃいました。《シミュレーション》というわけではありませんが、そういう形ででも、もし役に立つのであれば、嬉しいことですね。

――実際に似たような事件が起こったことはありましたか?

垣原 もちろん、事件やテロなどは、起きないことが理想なのですが…終盤に“アルタイル”がコンサートホールでテロを起こす話を描いたところ、それが世の中に出た直後に、パリで実際に劇場テロが起こったので、とても驚きました。
自分たちが「こういう事件が起こったらどうなるだろう」と考えながら描いた物語とそっくりな事件が、現実に起こってしまったことは、恐ろしいと思いました。同時に、「日本でもボンヤリしていてはいけない」という警鐘のようなものを、作品を通して鳴らせられればとも思いました。

――最後の敵は狂信的なテロリスト集団である“アルタイル”でした。このあたりは、実際の社会情勢には抵触しない形で描かれていましたが、リアリティのある設定でしたね。

垣原 IS(「イスラミックステート」)のような存在を作品の中に出すのは難しいのと、やはり日本からだと、まだどうしても距離を感じてしまいます。
じゃあ、日本でリアリティのあるテロリズムは何だというと、やはり「オウム真理教事件」だったと思うんです。オウム事件という特殊なテロが起きて以降、今では「日本もテロとは無関係ではない」と思う方も増えてきたと思います。オウムというのは、小さな《国家》を目指していたのですが、訓練された軍隊を持っていなかったのが、弱点だとよく言われています。当時のオウムのような集団が、訓練された軍隊をもっていたら、どれだけ危険だろうか、ということを考えて、“アルタイル”というテロリスト集団をつくりました。

――“アルタイル”もそうですし、中盤に出てくる正木圭吾というキャラクターも同様だと思うのですが、「言っていることは正論なのに、手段がテロである」という、自分の中の正義が揺らぎかねないような原理の敵とも戦わなければならないという場面が出てきますね。

垣原 正木は、もう敵ながらアッパレというか、ファンが多いキャラクターですね。警察官の読者の方にも「もちろん、方法は間違っているし、自分が現実に対峙するなら、絶対に逮捕しなければいけないが、言っていることはわからないでもない」とおっしゃる方もいます。
後半は話が大きくなりましたが、実際のISなどのヨーロッパでのテロとリンクする部分も出てきて、小森先生と「これちょっと危ないんじゃないですか?」みたいな話もしましたね。


●“NPS”は「科学特捜隊」である!?

――第2の“S”である“SIT”(エス・アイ・ティー)は作中にはあまり出てきませんでしたね。

垣原 警察には「事」と「備」、すなわち「刑事部」と「警備部」というのがあって、「警備」が主体の“SAT”と違い、“SIT”というのは、どちらかというと捜査が主体の「刑事部」寄りなので、漫画的に派手ではないというのもあります。もちろん、特殊部隊的なこともされるのですが。
それから、やはり物語の軸の一つが、“SAT”と“NPS”の対立の構図になっていますので、“SIT”については作中では描ききれなかったかなと思います。ただ、副官の速田は“SIT”の出身という設定ですので、彼の過去の経歴を通して、“SIT”というのはこういう所だというのは、描いていますね。
実際の取材に関しては、“SIT”の方にご協力いただいていたりもします。

――読者の方に人気が出てきたのはどのあたりからですか?

垣原 最初の方の、神御蔵が3枚重ねの盾でカラシニコフ銃の銃弾を防ぐというエピソードですね。あのあたりから人気がグンと上がってきました。

――神御蔵というキャラクターが一気に立つエピソードですね。

垣原 あのカラシニコフ銃って、本当に強力な銃で、機動隊の盾なら、簡単に撃ち抜いてしまうらしいんです。取材で「何枚くらいあれば喰い止められますか?」みたいなことをお聞きしたのですが、本当は3枚でもけっこう危ないらしいんです。でも、3枚も持つと、重すぎて、せいぜい持ち上げて少し歩くので精一杯で……まあ、神御蔵ならあれを持って走れるだろうという。漫画的な誇張ですね(笑)。

――他に反響の強かったエピソードはありますか?

垣原 古橋が主役の「バスジャック編」は反響が大きかったですね。あとは正木圭吾の最後あたりとか。

――個性的なメンバーが多い“NPS”ですが、警備犬ハンドラーの梶尾だけでなく、警備犬のポインター3号もちゃんとメンバーとしてカウントされているのもいいですね。でも、藤堂先生は犬が嫌いだったとか?

垣原 幼い頃に咬まれたのがトラウマで、犬が大嫌いだったそうです。最初の頃は顔をそむけながら描いていたそうなのですが、実際の警備犬の訓練現場にも何度も取材に行かせていただいたりしまして、犬を描くのは上手くなりましたね。まだ犬が好きになったわけではないそうですが(笑)。
あと、ポインター3号は“警察犬”ではなく、“警備犬”なのですが、一般の方はご存知ない方も多いので、その違いも、紹介していければと思っていました。

Sエス-最後の警官-

――後半に女性隊員であるイルマが加入したことで、男臭い物語が一気に華やかになりましたね。

垣原 それは多少意識しました。それまでは画面が真っ黒でしたから(笑)。実際には、なかなか特殊部隊のスナイパーに女性はいないそうなんですが、そこは漫画として、新しい風を吹きこもうということで加入させました。

――蘇我とイルマの関係は、最終20集でちゃんとフォローされているとか。

垣原 豪華描きおろしで入っておりますので、ご購入して確認いただければ(笑)。

――ちなみに、垣原さんのお好きなキャラクターは?

垣原 僕は、関西人なんで、同じ関西人の古橋とかが何気に好きだったりします。あとはやっぱり神御蔵と蘇我。どちらか、というより二人が好きですね。

――“NPS”の生みの親であり、最大の「敵」でもある、霧山塾の霧山と、警察庁の天城審議官は、本当に憎たらしいキャラクターですね。

垣原 はい。藤堂先生は憎たらしいキャラクターを描くのが、得意なんですよ(笑)。

――藤堂先生の絵柄も、どんどんハードになっていきますね。

垣原 連載誌が大人向けの「ビッグコミック」で、他の連載陣が劇画の大御所が多いというのもありますが、やはり、実際に見ると特殊部隊の装備というのは、その厚み、重量感が本当にすごいんですよ。フル装備で何十キロもあるようなものを背負って走り回るわけです。実際の隊員の方から「そんな軽々しいものではない」と言われないためにも、その重厚さを絵に出せればと、藤堂先生も意識されて描かれていたと思います。

――統率のとれた、ある意味で軍隊的な大組織である“SAT”に対して、神御蔵たち “NPS”は、少数精鋭のスペシャリストの集合体という感じです。キャラクターの名前を『ウルトラマン』シリーズから取っているということは、やはり“NPS”はイメージとしては、科学特捜隊のイメージがあるのでしょうか。

垣原 まあ、ありますね(笑)。キャラクター名はもちろんですが、ウルトラマンのあるエピソードへのオマージュなんか、実は入っていたりします。小森先生は、円谷プロさんからお墨付きをもらうくらい、ウルトラマンが好きなので。趣味でウルトラマンや怪獣のガレージキットを作って着色されたものを、サイトで公開されていたりします。

――藤堂先生の淡路島ネタもたくさんありましたね。

垣原 それもけっこうありますね。テーマが重くて、息が詰まってしまうので、ギャグは入れられる時は入れようと。ただ、それがおふざけになりすぎても困るし、そのさじ加減は難しかったですね。

――『S』は完結しましたが、次回作の構想はおありでしょうか?

垣原 そうですね。それは色々考えています。次は多分、小森先生と藤堂先生、それぞれ別々の企画をやることになると思います。

――ちなみに、今後『S』の続編を描く可能性はあるのですか?

垣原 とりあえずは、ある程度は描き切っていただいた感じですが、もちろんファンの方から何らかの要望があれば、スピンオフなどを考えるかもしれません。

――eBigComic4で配信中ですが、初めてこの作品に触れる方にメッセージをお願いします。

垣原 主人公たちは架空の部隊ですが、純粋にリアリティにこだわった警察の特殊部隊漫画としても楽しんでいただけると思いますし、さらにその根底にあるテーマを感じ取っていただいて、ご自身が考えるきっかけになってくれれば幸いです。
ぜひぜひよろしくお願いいたします。

垣原 英一郎

垣原 英一郎

「ビッグコミックスピリッツ」編集部にて窪之内英策、山田貴敏、細野不二彦、東本昌平らを担当後、「ビッグコミック」編集部に異動。林律雄・高井研一郎『総務部総務課山口六平太』等を担当。『Sエス-最後の警官-』とほぼ同時期に、『そばもん』(山本おさむ)を立ち上げる。現在は「ビッグコミックスピリッツ」編集部所属。



取材・文 山科清春
(2016年5月11日 小学館にて)

Sエスー最後の警官ー