かつてない太平洋戦史トリロジー、いよいよフィナーレへ。連戦連勝の虚報の裏で、特攻隊の悲劇がはじまり、日本国民の士気は失われてゆく。一方、銃後のアメリカは未曾有の戦時景気に湧き、大量の飛行機が生産されていた。日本を降伏に追い込むには、これらの飛行機で本土を直接空襲し、戦意をさらに削り取ることだ。だがそれには本土までの飛行を可能にする飛行場が必要だ。かくして、硫黄島の地獄の攻防戦がはじまった。その少し前、マッカーサーが奪回を宣言したマニラでは、残存日本軍が狂気の殺戮を繰り広げていた。本土空襲は可能になったもののいまひとつ成果があがらないなか、この残虐行為がルメイの夜間無差別爆撃への転換を正当化し、東京大空襲が実行された。そしてついに沖縄上陸作戦がはじまり、日本海軍は名誉のためだけに最後の艦隊を出撃させる。援護する航空兵力も皆無、なすすべなく海の藻屑と消える巨艦大和。敗北が不可避なことは日本軍高官の誰もがわかっていたにもかかわらず、曖昧な権力構造が合理的な決断を妨げていた。果たして日本をどう降伏させればいいのか。実はトラブルの連続で薄氷を踏むように投下された長崎の原爆、そして野望をむき出しにするソ連とのポツダム会談。軍事的には事実上勝敗は決していたが、アメリカ内部では終戦に向けていよいよ様々な思惑が渦巻いていた。なぜ、負けたのか。日米双方が体験した、太平洋の試練とは何だったのか。アメリカ人著者だからこそ渉猟できた膨大な米国側資料から、私たちにまったく新しい視点を提示し、大いなる問いを投げかける巨弾戦史が、沖縄返還50周年の年に完結する――。
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