大東亜共栄圏 帝国日本の南方体験

河西晃祐

1,836円(税込)
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1940年8月1日、「大東亜共栄圏」という言葉が外務大臣・松岡洋右によって初めて公表された。新秩序構想を支えるスローガン「八紘一宇」はどのような思想的・歴史的背景から出てきたのか。やがて東南アジアを軍事占領し、対米開戦に至る日本の針路はこの構想で想定されていたのか。200万以上の日本人に「南方」での生活を強い、東南アジアの人々に日本と日本人を目撃させた「外交政策」を検証する。

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  • 2016/12/12Posted by ブクログ

    次の指摘が印象に残った。歴史は、後の結果からのみ判断してはいけない。    松岡の狙いが欧州戦争に参加しないままの日本が、講和会議の開催前に、仏印と蘭印を自国の勢力圏内に含めることへの事前承認をドイツ...

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  • 2016/10/29Posted by ブクログ

    2016年10月読了。巻末に豊富な注あり。「大東亜共栄圏」という構想の定義が政策決定に関与する者たちの中でも共有されていない、掛け声だけが先行して物事が動いていくことの怖さを感じた。

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